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2025.10.24

公正取引委員会「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」がeスポーツ業界に及ぼす影響について①

1 はじめに
 2025年9月30日、公正取引委員会は「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」(以下、「本指針」といいます)を発表しました。これはコンテンツ産業におけるクリエイターをめぐる契約関係について、独占禁止法の観点から具体的な考え方を示すものであり、芸能事務所等のクリエイターをマネジメントする者がクリエイターの生産・創作活動を必要以上に制限することが無いように注意を促すものです。
 本指針は芸能事務所といわゆる芸能人(アーティスト、俳優、タレント等)を対象に行った調査の結果をもとに作成されたものです。一方で、事務所(本稿ではクリエイターに対してマネジメント活動を行う事業者を便宜的に「事務所」と呼称します。)が実演家(以下、本指針に倣ってクリエイターを「実演家」と呼称します。)と専属マネジメント契約を締結し、スケジュール管理や育成、プロモーション活動等を行い、実演家はその能力を発揮して報酬を受け取るという構造(簡略化して説明しています)は芸能人だけでなく、eスポーツ業界における選手・コーチ・ストリーマーといったプレイヤーと所属チームとの関係にも共通するところがあります。
 本稿では本指針が示した判断枠組みがeスポーツ業界にどのような影響を与えるか順次検討します。
 なお、公正取引委員会が示した考え方の中でeスポーツにも適用されうる他のものとして2019年6月17日「スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方について」がありますが、本稿では言及しません。

2 本指針が示した判断枠組み
 本指針では事務所側がとるべき行動指針を17の類型に分けて取りまとめています。詳細は多岐にわたるため、以下要点のみ簡単に紹介します。
①専属義務に係る契約期間の設定
  →「専属義務」(契約している事務所とのみ取引をしなければならない義務)を定める場合には事前に十分に説明し、契約で明確にその期間を定める。期間を定めない場合は、クリエイターが希望する時点で解消できるよう扱う。専属義務の期間は育成等に要した投資を合理的に回収できる期間とし、その旨実演家に十分に説明・協議する。
②期間延長請求権
  →「期間延長請求権」(事務所からの請求により、契約を更新できる権利)を定める場合には、育成等に要した投資を合理的に回収できる期間等の合理的な範囲で行使できるものとし、事前に説明・協議のうえで契約書に定める。期間延長請求権を行使するにあたっては事前に権利行使に代わる代替措置も検討し、行使する場合でも合理的な範囲にとどめる。
③競業避止義務等の規定
  →競業避止義務(事務所との契約終了後の活動を禁止ないし制限する義務)は原則禁止。仮に保護すべき秘密等がある場合には、まずは秘密保持契約を締結する。
④移籍・独立に係る金銭的給付の要求
  →実演家が退所する際に金銭的給付を要求する場合には、あらかじめ契約で規定しておく。金銭的給付の範囲、計算方法、算定根拠等は契約時に説明・協議のうえで定めるとともに、実際に金銭的給付を請求する際にも根拠として提示する。
⑤移籍・独立を希望する実演家に対する妨害
  →実演家が移籍・独立の申出を行った際は適切に対応し、移籍・独立を妨害するような言動(退所を拒否する、交渉を禁止する、今後の活動への悪影響を示唆して脅す、悪評を流布する等)をしない。
⑥移籍・独立した実演家に対する妨害
  →移籍・独立した実演家が、移籍・独立後に円滑に活動できるよう、活動を妨害するような言動(移籍先や他の取引先に対して行うものも含む。)をしない。
⑦共同又は事業者団体による移籍制限等
  →複数の事務所が共同して、又は事業者団体において実演家の移籍を制限したり、移籍を希望する実演家との契約を拒絶したりしない。
⑧成果物に係る各種権利等の利用許諾
 →実演家に帰属する各種権利について、他の事業者からその利用の申出があった場合には、合理的な理由がない限り利用を許諾する。
⑨芸名・グループ名の使用制限
 →芸名又はグループ名(以下「芸名等」という。)に関する権利を芸能事務所に帰属させる場合には、あらかじめ契約上に明確に規定した上で、十分に説明・協議する。合理的な理由が無い限り芸名等の使用の制限を行わず、制限する場合には使用料の支払等の代替的な手段も含めて合理的な範囲にとどめる。
⑩報酬に関する一方的決定
 →報酬(二次使用料、グッズ販売等の収益配分を含む)は、十分に協議を行ったうえで契約に明記する。経費等を控除する場合も十分に協議を行い、合意の上で行う。
⑪業務の強制
 →他の取引先から受けた業務を実演家に依頼する場合にはその内容を事前に説明した上、本人が納得した場合に引き受ける。実演家が当該業務を拒否したとしても報復等は行わず、選択を尊重する。
⑫契約を書面により行わないこと、契約内容を十分に説明しないこと
 →契約は内容を明確化したうえ書面で行う。契約内容については十分に説明し、検討したり専門家に相談したりできるよう締結までに期間を設ける。質問や協議は真摯に対応する。
⑬実演家に対する実演等に係る取引内容の明示
 →取引先から実演家に業務を依頼する際には詳細を明らかにしたうえで自身の判断で業務を選択できるようにする。
⑭実演家報酬に係る明細等の明示
 →実演家に歩合制で報酬を支払う場合には総額、分配額または比率、控除の有無及び項目並びに控除額等を明示する。
⑮~⑰は実演家・事務所に業務を依頼すると取引先に対する記載ですので、本稿では割愛します。

3 eスポーツ業界における適用範囲
  本指針が示した各判断枠組を個別に検討する前に、本指針がどのような文脈でeスポーツ業界に影響するのかを確認しておく必要があります。eスポーツ業界という言葉はかなり広範かつ抽象的であるため、eスポーツに関わる全ての人にこの指針が当てはまるわけではありません(eスポーツという言葉の定義や含まれるゲームタイトルも多様かつ抽象的です)。
  冒頭でも述べましたが、本指針は芸能事務所と芸能人との関係を前提として作成されています。eスポーツ業界においてこれと近しい関係がみられるのは「チーム⇔選手(コーチ・アナリストも含みます)」の関係と「チーム⇔ストリーマー(配信者・動画投稿者等も含みます)」の関係です。チームと選手・ストリーマー間の契約は、芸能人が使用するマネジメント契約をアレンジして作成されたものが多く使用されており、本指針が想定している契約関係とも相当程度の共通性があるものと考えられます。もっとも、これらはあくまで活動内容や契約の類似性から見たものに過ぎませんので、実際に本指針の射程が及ぶかは個別の検討が必要です。

4 今後の投稿について
  本指針で言及された留意点は「事務所」を「チーム」に、「実演家」を「選手・クリエイター」に置き換えることで基本的に理解可能ですが、芸能界で想定される場面とeスポーツチームで想定される場面には若干の差異が生じます。次回以降、各留意点がeスポーツチーム・選手・クリエイターが直面するどのような場面で問題となるのかを個別に解説しますが、今回は「①専属義務に係る契約期間の設定」について解説します。

5 「①専属義務に係る契約期間の設定」
(1)「専属義務」とは「契約している事務所とのみ取引をしなければならない義務」です。この義務がある限り、選手・ストリーマーが誰とどのような取引を行うかはチームが決定することになります。選手やストリーマーが、チームを通さずに他の会社からの仕事(いわゆる「案件」)を受けることは、専属義務によって禁じられるということになります。また、当然ながらチームを介さずに選手が他のチームの選手として試合に出場したり、ストリーマーが他の企業の番組に出演したりといったことも禁止されます。
   この専属義務が課せられている趣旨は、選手・ストリーマーがチームのブランディング戦略に反した活動を行ったり、チームのスポンサーと競合する企業の仕事を行ったりすることで、チームに不利益が生じないようにするためです。一方で選手・ストリーマーはその所属するチームの関与を受けずに案件を受けることはできず、取引の幅は必然的に狭くなります。
(2)本指針は専属義務に関して「契約期間を契約上明確にすること」を求めています。専属義務そのものは禁止されておらず、あくまでその専属義務の期間は明確に契約上定めておくとしているにすぎません。この趣旨は、選手やストリーマーがより自身の希望に沿った他のチームへの移籍や独立を必要以上に制限しないようにするという点にあります。もっとも、チームとしては好きなタイミングで選手やストリーマーがチームを離れてしまうことを認めるとその活動に支障が生じることが考えられます。そのような両者の事情に配慮してか、本指針では専属義務の期間を明確にすることのほかに、専属義務の期間は合理的な範囲にとどめること、さらに専属義務の期間を設定した根拠について十分に説明し、協議を行う事を求めています。
「合理的」というのは簡単に説明すると社会的に見て納得できる理由があることを指します。例えば、選手との間の契約について、出場するリーグ戦や大会期間中に限定して専属義務を課すことは合理的なものであると言えます。また、特定のストリーマーに対して、チームとして多額の費用を投じて大々的にプロモーションを行った際に、その費用の回収や収益の確保の観点から一定の期間当該ストリーマーに専属義務を課す、ということも考えられます(もっとも、費用の回収が完了するまでの期間に対してそのまま専属義務を課すという方法は問題があると示唆されており、専属義務はあくまで費用の回収という観点を考慮した合理的な期間に限られると考えられます)。
また、「説明」について、本指針は未成年との契約時には必ず保護者を同席させることを参考とすべき事例として紹介しています。eスポーツ選手は10代の若い選手も多くみられることから、十分に「説明」したというためには、その親権者・保護者等の法定代理人に対しても十分に契約等の内容を説明することが必要です。また、実務上は法律上成人と認められる18歳以上の選手に対してもその選手の年齢が若い場合には保護者等に同席してもらったうえで十分説明を尽くすことが後の紛争防止のために重要なものと言えます。
(3)本指針では専属義務の期間を定めない場合には、実演家側が退所を希望したときに退所を認めるべきとしています。つまり、選手・ストリーマーとの間に(専属義務が課された)契約期間を定めない場合には、原則、選手・ストリーマーはいつでもチームを離れることができます。
   この点、本指針には言及されていませんが、マネジメント契約の期間と専属義務の期間は、当然ながら一致させる必要はありません。したがって、マネジメント契約自体は契約期間を定めず、特定の期間に着目して個別に専属義務を定めることも当然可能であると考えられます。先の例で言えば、選手としての契約は契約期間はなく、いつでも終了可能であるが、大会期間中、リーグ期間中は専属義務を課す、というような取り扱いも可能です。もちろん、どの期間にどのような専属義務を課すのかは事前に協議のうえで契約上明確にしておく必要があります。
(4)最後に、通常は選手・ストリーマーの契約期間は専属義務の期間と一致しますが、この契約は更新されることが多々あります。本指針では契約締結時に必要な事前の協議や説明、内容の明確化・書面化といった事項は、契約更新時においても留意すべきであるとしています。したがって、契約期間が満了し、その契約を更新する場合にも口頭のみで済ますのではなく、上記の留意点には注意して契約を再度締結することが無難です。

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