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2025.3.10

【eスポーツと福祉】 大会開催の留意点

eスポーツを用いた就労継続支援においては実況解説コースなどを設けている事業所もあります。本稿では、利用者だけではなく、一般参加者も募る形で就労継続支援施設が主催となり、eスポーツの大会を開催する場合の留意点について解説します。 大会フォーマット  大会の開催にあたっては当然その大会の基本的な事項を決定する必要があります。どのようなゲームを用いるのか、トーナメント・リーグの別、日程や場所(オンライン、オフラインの別)、レギュレーション、賞品や景品、参加費といった外部向けのフォーマットに加え、施設内部でも職員や利用者の役割分担や当日の動き、大会開催許可等の事務手続等の検討も必要になります。また、運営規程や施設利用契約において大会の開催、参加が可能である必要がありますので確認するようにしましょう。  就労継続支援事業所での大会開催は、オフライン・オンラインのどちらであっても特有の問題が発生します。例えば、オンラインであれば当日確実に人数が集まるかという基本的な問題に加え、施設外で大会を行う場合には施設外就労とするための各種制約(業務委託・請負等の契約関係等)についても事前に検討することになります。逆に、オンライン開催であれば開催に必要な人数を抑えることができるものの、PCをはじめとする機材の操作や遠隔で参加する参加者同士の連絡調整が必要になり、対面での開催とはまた違った特有のスキルが求められる場合があります。  なお、オフラインで大会を行う場合、「利用者の就労や生産活動への参加等をもって一律に評価する報酬体系」を採用する施設であれば地域協働加算を利用できる場合があります。 大会開催の規約  大会の開催にあたり、何らかのゲームを使用する場合には、各種企業が制約や開催ルールについて定めたガイドラインを公開しています。申請の有無や参加費・賞金の上限額の他、大会のスポンサーについても制限を設けている場合がありますので事前に確認するようにしましょう。また、景品表示法に代表される国内法の規制も併せて確認が必要です(後述します)。  一方で、大会の参加者に向けた規約の整備も行う必要があります。大会フォーマットをどのように設定するのかにもよりますが、参加から終了までの一連の流れを定めた基本的なルールは作成した方が良いでしょう。特に撮影や配信、SNSへの投稿に関しては施設側の特性もあり、これを無制限に自由に認めるかは検討の必要があります。逆に施設側の広報として写真や動画を利用する場合にもこのような大会規約によって事前に参加者からその旨の同意を得ておくほうが安全です。 法規制について 日本におけるeスポーツ大会の開催に当たっては賭博罪や景品表示法、風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)の問題があげられますが、これらはいずれも参加者に賞金を支払う場合に問題となるものです。したがって、大会の結果に対して賞金や賞品を支払わなければ基本的にはかかる問題は生じません。また、詳細は割愛しますが、賞金・賞品を出す場合であっても、フォーマットに注意し、必要な準備・手続さえ行えば基本的にこれらの問題は回避しえます。 その他、大会開催の場所に関しては、興行場法に注意する必要があります。これは行政の許可を義務付ける法律であり、自施設で大会を開催する場合に検討が必要になるものです。一般的には高頻度で大会を行わなければ許可は不要と考えられますが、大会の開催・運営を自施設の強みとして展開していきたい場合には別途検討が必要となりますので注意が必要です。

2025.10.24

公正取引委員会「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」がeスポーツ業界に及ぼす影響について①

1 はじめに  2025年9月30日、公正取引委員会は「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」(以下、「本指針」といいます)を発表しました。これはコンテンツ産業におけるクリエイターをめぐる契約関係について、独占禁止法の観点から具体的な考え方を示すものであり、芸能事務所等のクリエイターをマネジメントする者がクリエイターの生産・創作活動を必要以上に制限することが無いように注意を促すものです。  本指針は芸能事務所といわゆる芸能人(アーティスト、俳優、タレント等)を対象に行った調査の結果をもとに作成されたものです。一方で、事務所(本稿ではクリエイターに対してマネジメント活動を行う事業者を便宜的に「事務所」と呼称します。)が実演家(以下、本指針に倣ってクリエイターを「実演家」と呼称します。)と専属マネジメント契約を締結し、スケジュール管理や育成、プロモーション活動等を行い、実演家はその能力を発揮して報酬を受け取るという構造(簡略化して説明しています)は芸能人だけでなく、eスポーツ業界における選手・コーチ・ストリーマーといったプレイヤーと所属チームとの関係にも共通するところがあります。  本稿では本指針が示した判断枠組みがeスポーツ業界にどのような影響を与えるか順次検討します。  なお、公正取引委員会が示した考え方の中でeスポーツにも適用されうる他のものとして2019年6月17日「スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方について」がありますが、本稿では言及しません。 2 本指針が示した判断枠組み  本指針では事務所側がとるべき行動指針を17の類型に分けて取りまとめています。詳細は多岐にわたるため、以下要点のみ簡単に紹介します。 ①専属義務に係る契約期間の設定   →「専属義務」(契約している事務所とのみ取引をしなければならない義務)を定める場合には事前に十分に説明し、契約で明確にその期間を定める。期間を定めない場合は、クリエイターが希望する時点で解消できるよう扱う。専属義務の期間は育成等に要した投資を合理的に回収できる期間とし、その旨実演家に十分に説明・協議する。 ②期間延長請求権   →「期間延長請求権」(事務所からの請求により、契約を更新できる権利)を定める場合には、育成等に要した投資を合理的に回収できる期間等の合理的な範囲で行使できるものとし、事前に説明・協議のうえで契約書に定める。期間延長請求権を行使するにあたっては事前に権利行使に代わる代替措置も検討し、行使する場合でも合理的な範囲にとどめる。 ③競業避止義務等の規定   →競業避止義務(事務所との契約終了後の活動を禁止ないし制限する義務)は原則禁止。仮に保護すべき秘密等がある場合には、まずは秘密保持契約を締結する。 ④移籍・独立に係る金銭的給付の要求   →実演家が退所する際に金銭的給付を要求する場合には、あらかじめ契約で規定しておく。金銭的給付の範囲、計算方法、算定根拠等は契約時に説明・協議のうえで定めるとともに、実際に金銭的給付を請求する際にも根拠として提示する。 ⑤移籍・独立を希望する実演家に対する妨害   →実演家が移籍・独立の申出を行った際は適切に対応し、移籍・独立を妨害するような言動(退所を拒否する、交渉を禁止する、今後の活動への悪影響を示唆して脅す、悪評を流布する等)をしない。 ⑥移籍・独立した実演家に対する妨害   →移籍・独立した実演家が、移籍・独立後に円滑に活動できるよう、活動を妨害するような言動(移籍先や他の取引先に対して行うものも含む。)をしない。 ⑦共同又は事業者団体による移籍制限等   →複数の事務所が共同して、又は事業者団体において実演家の移籍を制限したり、移籍を希望する実演家との契約を拒絶したりしない。 ⑧成果物に係る各種権利等の利用許諾  →実演家に帰属する各種権利について、他の事業者からその利用の申出があった場合には、合理的な理由がない限り利用を許諾する。 ⑨芸名・グループ名の使用制限  →芸名又はグループ名(以下「芸名等」という。)に関する権利を芸能事務所に帰属させる場合には、あらかじめ契約上に明確に規定した上で、十分に説明・協議する。合理的な理由が無い限り芸名等の使用の制限を行わず、制限する場合には使用料の支払等の代替的な手段も含めて合理的な範囲にとどめる。 ⑩報酬に関する一方的決定  →報酬(二次使用料、グッズ販売等の収益配分を含む)は、十分に協議を行ったうえで契約に明記する。経費等を控除する場合も十分に協議を行い、合意の上で行う。 ⑪業務の強制  →他の取引先から受けた業務を実演家に依頼する場合にはその内容を事前に説明した上、本人が納得した場合に引き受ける。実演家が当該業務を拒否したとしても報復等は行わず、選択を尊重する。 ⑫契約を書面により行わないこと、契約内容を十分に説明しないこと  →契約は内容を明確化したうえ書面で行う。契約内容については十分に説明し、検討したり専門家に相談したりできるよう締結までに期間を設ける。質問や協議は真摯に対応する。 ⑬実演家に対する実演等に係る取引内容の明示  →取引先から実演家に業務を依頼する際には詳細を明らかにしたうえで自身の判断で業務を選択できるようにする。 ⑭実演家報酬に係る明細等の明示  →実演家に歩合制で報酬を支払う場合には総額、分配額または比率、控除の有無及び項目並びに控除額等を明示する。 ⑮~⑰は実演家・事務所に業務を依頼すると取引先に対する記載ですので、本稿では割愛します。 3 eスポーツ業界における適用範囲   本指針が示した各判断枠組を個別に検討する前に、本指針がどのような文脈でeスポーツ業界に影響するのかを確認しておく必要があります。eスポーツ業界という言葉はかなり広範かつ抽象的であるため、eスポーツに関わる全ての人にこの指針が当てはまるわけではありません(eスポーツという言葉の定義や含まれるゲームタイトルも多様かつ抽象的です)。   冒頭でも述べましたが、本指針は芸能事務所と芸能人との関係を前提として作成されています。eスポーツ業界においてこれと近しい関係がみられるのは「チーム⇔選手(コーチ・アナリストも含みます)」の関係と「チーム⇔ストリーマー(配信者・動画投稿者等も含みます)」の関係です。チームと選手・ストリーマー間の契約は、芸能人が使用するマネジメント契約をアレンジして作成されたものが多く使用されており、本指針が想定している契約関係とも相当程度の共通性があるものと考えられます。もっとも、これらはあくまで活動内容や契約の類似性から見たものに過ぎませんので、実際に本指針の射程が及ぶかは個別の検討が必要です。 4 今後の投稿について   本指針で言及された留意点は「事務所」を「チーム」に、「実演家」を「選手・クリエイター」に置き換えることで基本的に理解可能ですが、芸能界で想定される場面とeスポーツチームで想定される場面には若干の差異が生じます。次回以降、各留意点がeスポーツチーム・選手・クリエイターが直面するどのような場面で問題となるのかを個別に解説しますが、今回は「①専属義務に係る契約期間の設定」について解説します。 5 「①専属義務に係る契約期間の設定」 (1)「専属義務」とは「契約している事務所とのみ取引をしなければならない義務」です。この義務がある限り、選手・ストリーマーが誰とどのような取引を行うかはチームが決定することになります。選手やストリーマーが、チームを通さずに他の会社からの仕事(いわゆる「案件」)を受けることは、専属義務によって禁じられるということになります。また、当然ながらチームを介さずに選手が他のチームの選手として試合に出場したり、ストリーマーが他の企業の番組に出演したりといったことも禁止されます。    この専属義務が課せられている趣旨は、選手・ストリーマーがチームのブランディング戦略に反した活動を行ったり、チームのスポンサーと競合する企業の仕事を行ったりすることで、チームに不利益が生じないようにするためです。一方で選手・ストリーマーはその所属するチームの関与を受けずに案件を受けることはできず、取引の幅は必然的に狭くなります。 (2)本指針は専属義務に関して「契約期間を契約上明確にすること」を求めています。専属義務そのものは禁止されておらず、あくまでその専属義務の期間は明確に契約上定めておくとしているにすぎません。この趣旨は、選手やストリーマーがより自身の希望に沿った他のチームへの移籍や独立を必要以上に制限しないようにするという点にあります。もっとも、チームとしては好きなタイミングで選手やストリーマーがチームを離れてしまうことを認めるとその活動に支障が生じることが考えられます。そのような両者の事情に配慮してか、本指針では専属義務の期間を明確にすることのほかに、専属義務の期間は合理的な範囲にとどめること、さらに専属義務の期間を設定した根拠について十分に説明し、協議を行う事を求めています。 「合理的」というのは簡単に説明すると社会的に見て納得できる理由があることを指します。例えば、選手との間の契約について、出場するリーグ戦や大会期間中に限定して専属義務を課すことは合理的なものであると言えます。また、特定のストリーマーに対して、チームとして多額の費用を投じて大々的にプロモーションを行った際に、その費用の回収や収益の確保の観点から一定の期間当該ストリーマーに専属義務を課す、ということも考えられます(もっとも、費用の回収が完了するまでの期間に対してそのまま専属義務を課すという方法は問題があると示唆されており、専属義務はあくまで費用の回収という観点を考慮した合理的な期間に限られると考えられます)。 また、「説明」について、本指針は未成年との契約時には必ず保護者を同席させることを参考とすべき事例として紹介しています。eスポーツ選手は10代の若い選手も多くみられることから、十分に「説明」したというためには、その親権者・保護者等の法定代理人に対しても十分に契約等の内容を説明することが必要です。また、実務上は法律上成人と認められる18歳以上の選手に対してもその選手の年齢が若い場合には保護者等に同席してもらったうえで十分説明を尽くすことが後の紛争防止のために重要なものと言えます。 (3)本指針では専属義務の期間を定めない場合には、実演家側が退所を希望したときに退所を認めるべきとしています。つまり、選手・ストリーマーとの間に(専属義務が課された)契約期間を定めない場合には、原則、選手・ストリーマーはいつでもチームを離れることができます。    この点、本指針には言及されていませんが、マネジメント契約の期間と専属義務の期間は、当然ながら一致させる必要はありません。したがって、マネジメント契約自体は契約期間を定めず、特定の期間に着目して個別に専属義務を定めることも当然可能であると考えられます。先の例で言えば、選手としての契約は契約期間はなく、いつでも終了可能であるが、大会期間中、リーグ期間中は専属義務を課す、というような取り扱いも可能です。もちろん、どの期間にどのような専属義務を課すのかは事前に協議のうえで契約上明確にしておく必要があります。 (4)最後に、通常は選手・ストリーマーの契約期間は専属義務の期間と一致しますが、この契約は更新されることが多々あります。本指針では契約締結時に必要な事前の協議や説明、内容の明確化・書面化といった事項は、契約更新時においても留意すべきであるとしています。したがって、契約期間が満了し、その契約を更新する場合にも口頭のみで済ますのではなく、上記の留意点には注意して契約を再度締結することが無難です。

2025.10.27

公正取引委員会「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」がeスポーツ業界に及ぼす影響について②

1 今回の留意点 前回に引き続き、「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」(以下、「本指針」といいます)にて示された事務所側がとるべき行動指針を17の類型を具体的なシーンに当てはめて解説します。 2 「②期間延長請求権」 要約:「期間延長請求権」(事務所からの請求により、契約を更新できる権利)を定める場合には、育成等に要した投資を合理的に回収できる期間等の合理的な範囲で行使できるものとし、事前に説明・協議のうえで契約書に定める。期間延長請求権を行使するにあたっては事前に権利行使に代わる代替措置も検討し、行使する場合でも合理的な範囲にとどめる。 (1)期間延長請求権とは、事務所が実演家と契約するマネジメント契約期間を延長することを請求できる権利です。eスポーツチームにおいては、チームが選手・ストリーマーと締結している契約を延長する場面で問題になります。マネジメント契約には通常前回解説した「専属義務」が付属しているため、契約の期間延長はそのまま専属義務の延長を意味することが通常です。  本指針では契約期間延長が専属義務を延長であることを前提に、その期間・範囲を「合理的」なものに限定し、かつ、その内容を契約書に定めることを求めています。 (2)「合理的」というのは簡単に説明すると社会的に見て納得できる理由があることを指しますので、選手との間の契約について、出場するリーグ戦や大会期間中に限定して契約を延長する場合やストリーマーのプロモーション費用の回収のために期間を延長する場合が考えられます。  もっとも、本指針では期間延長に際して「代替措置」の検討を求めています。例えばValorantの選手は、地域リーグ(VCT)の結果によって世界大会(masters)に出場することになりますが、あらかじめ契約を地域リーグの期間で締結しつつ、世界大会への出場権を取得した場合に期間延長請求権を行使するよりかは、最初から世界大会まで進んだ場合の期間全体について契約を締結しておき、地域リーグで敗退した場合にはより早い段階で契約の終了を認めるといった方法のほうが選手との契約においては望ましいものと考えられます。現に近年では大会期間中であっても条件付きでLFT(来シーズンに所属するチームを募集すること)を出している選手も存在しますので、契約期間としては最後の大会まで出場することを想定して契約を行っているケースが多いものと思われます(また、実際は選手側にもMastersに出場するメリットがあるので、Mastersの出場権を持ちつつLFTを出すことは稀です)。 (3)なお、期間延長請求権の記載は必須ではないため、必ずしも契約上定める必要はありません。また、期間の延長は契約の更新とは別の概念となるので、単に契約を来期も継続する場合には期間延長ではなく、契約の更新を検討することが通常です。 3 「③競業避止義務等の規定」 要約:競業避止義務(事務所との契約終了後の活動を禁止ないし制限する義務)は原則禁止。仮に保護すべき秘密等がある場合には、まずは秘密保持契約を締結する。 (1)競業避止義務とは、事務所に所属していた(所属している)実演家に対して、事業所と同種ないし同内容の事業を行う事務所に入所して同種ないし同内容の事業を行うこと、または個人として独立して事務所と同種ないし同内容の事業を行うことを指します。より端的に説明すると、「同じ業界で働くことを禁止する義務」とも説明できます。競業避止義務は芸能界やエンタメ業界だけでなく、通常の企業においても退職者に対し課される場合があり、それ自体珍しいものではありませんが、職業選択の自由の制限や取引の自由の制限に該当する可能性があるため、注意が必要なものとされています。 (2)eスポーツ業界においてはチームを離れる選手やストリーマーに対して、今後の選手(コーチ、アナリスト等も含みます。)の活動やストリーマー活動を制限する場合、この競業避止義務の問題となります。もっとも、eスポーツ業界において競業避止義務が選手・ストリーマー等との間で締結されている例は稀であり、通常、競業避止義務は課されておりません(これはeスポーツが芸能界の悪しき風習を踏襲しないように努めた専門家と経営者の尽力があってのものです)。 (3)競業避止義務を課したい側は情報が外部に漏洩することを防止したいという目的があります。もっとも、情報等の漏洩を禁止するのであれば競業避止義務という活動そのものを制限する義務ではなく、「守秘義務」を課すことで足ります。本指針も競業避止義務ではなく、先に守秘義務(秘密保持契約)を締結するべきであると述べています。 仮に競業避止義務を課した場合、その有効性はかなり厳格に制限されます。特にeスポーツはタイトルや選手の入れ替わりが激しく、数年間の競業避止義務がその選手・ストリーマーにとって致命的な不利益を与えることになります。そのため、(秘密保持義務等ではなく)競業避止義務でないと守ることのできないチーム側の利益は極めて高度なものが求められることになります。そのため、仮に契約に競業避止義務を加えたとしても最終的に裁判等に発展した場合には、その条項が無効となる可能性が高いものと考えられます。

2025.3.10

公益法人と「特別の利益供与の禁止」

公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下「公益認定法」)は、公益認定の基準の1つとして「その事業を行うに当たり、社員、評議員、理事、監事、使用人その他の政令で定める当該法人の関係者に対し特別の利益を与えないものであること。」(公益認定法第5条3号)、「その事業を行うに当たり、株式会社その他の営利事業を営む者又は特定の個人若しくは団体の利益を図る活動を行うものとして政令で定める者に対し、寄附その他の特別の利益を与える行為を行わないものであること。」(公益認定法第5条第4号)という定めを置いています。この定めは一般に「特別の利益供与の禁止」と呼ばれ、公益財団法人または公益社団法人(以下、総称して「公益法人」)から構成員や他者への利益の移転について一定の制限を設けているものです。 本稿では、「特別の利益」とは何か、「特別の利益供与」に該当するとはどのような場合を指すのかについて解説、検討します。 1 「特別の利益供与」の判断基準概説  公益認定法における特別の利益について公益認定当ガイドライン(以下「ガイドライン」)では、以下のような説明がなされています。  「『特別の利益』とは、利益を与える個人又は団体の選定や利益の規模が、事業の内容や実施方法等具体的事情に即し、社会通念に照らして合理性を欠く不相当な利益の供与その他の優遇がこれに当たり、申請時には、提出書類等から判断する。」  この説明からわかるように、公益法人から利益の移転があった際に、それが「特別の利益」に該当するか否かは当該利益の移転について個別具体的に検討することになります。このとき、ガイドラインの同記載によれば「利益を与える個人又は団体の選定や利益の規模」、「事業の内容や実施方法等具体的事情」を考慮されることになります。 2 「特別の利益」とはなにか  まず「特別の利益」における「利益」には、金銭、物品といった明らかに財産的価値のあるものものに限られず、人的資源や取引における優遇等の一見して直ちに財産的価値を有するとはいえないものも含まれると考えられます。  公益法人informationによると「公益法人の財産は、不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与することを目的として、公益目的事業に使用されるべきものであり、公益法人から他の団体等に社会通念上不相当な利益が移転し、受入先において財産を営利事業や特定の者のために使用されることは適当ではありません。また、公益法人が寄附により受け入れた財産を社員、理事等の法人の関係者や営利事業を営む者等の特定の者の利益のために利用されることが認められると、公益法人に対する信頼が損なわれ、国民からの寄附の停滞を招くおそれもあります。」とされており、「利益」を「財産」に限定していません。これはガイドラインにおける上記の記載も同様です。また、「国民の信頼の維持」も同規制の趣旨だとすると、財産の移転以外にも法人の信頼を低下させるような利益の移転は防止する必要がありますので、「利益」を「財産」に限定していないものと思われます。    次に「特別」とはどのようなものを指すのでしょうか。  前掲ガイドラインの定義によると「利益の供与その他の優遇」が「社会通念に照らして合理性を欠く不相当な」ものであることを指す、と定義することができます。また、同ガイドラインが「利益を与える個人又は団体の選定や利益の規模が、」と記載していることから、「特別」と言えるか否かの判断においては金額の大小といった利益の規模が相当かという観点だけではなく、「誰に対して利益を与えるか」という相手方の選定が相当かという観点からも判断されるものと言えます。 もっとも、「社会通念に照らして合理性を欠く」という基準は抽象的で、明確に何が該当するのかの判断は最終的には監督官庁の判断に委ねられることになります。この点について、国税庁が法人税に関する通達で、「特別の利益を与えること」について次のような類型を例に挙げています。 (1) 法人が、特定の個人又は団体に対し、その所有する土地、建物その他の資産を無償又は通常よりも低い賃貸料で貸し付けていること。  (2) 法人が、特定の個人又は団体に対し、無利息又は通常よりも低い利率で金銭を貸し付けていること。  (3) 法人が、特定の個人又は団体に対し、その所有する資産を無償又は通常よりも低い対価で譲渡していること。  (4) 法人が、特定の個人又は団体から通常よりも高い賃借料により土地、建物その他の資産を賃借していること又は通常よりも高い利率により金銭を借り受けていること。  (5) 法人が、特定の個人又は団体の所有する資産を通常よりも高い対価で譲り受けていること又は法人の事業の用に供すると認められない資産を取得していること。 (6) 法人が、特定の個人に対し、過大な給与等を支給していること。 (「法人税基本通達1-1-8 非営利型法人における特別の利益の意義」より引用。下線は筆者)  このような類型を見てみると、表現の差はあれど、基本的には「通常の取引に比べて法人が損をする」ような取引がこれに該当するとされています。そうすると、「特別の利益」における「特別」とは「通常に比べて法人が損をする」といえるような取引かどうか、がこの1つの基準であると言うことができるように思います。 3 「特別の利益供与」に該当するかの判断基準  上記の通り、特別の利益供与に該当するかは、「通常に比べて法人が損をする」といえるか、という観点を検討の出発点として検討することになります。取引であれば当該地域・分野の取引相場と比べて当該取引の金額が高いのかどうか、給与や役員報酬等であれば同規模の他の法人や株式会社と比べてその金額が妥当であるのか、といった観点から検討します。  もっとも、最終的にその利益が「特別」に該当するかどうかは「社会通念に照らして合理性を欠く不相当なもの」に該当するかに基づくため、「通常に比べて法人が損をする」と言える場合には、その次のステップとして「通常の場合と当該利益供与との差について、社会通念上合理的なといえるか」という観点から検討することになります。  例えばある取引先に対して業務委託を行うとした場合、他の業者に比べてその取引先への業務委託費が高額であったとしても、その取引自体に法人の事業の広告効果があり、他の業者の委託費との差を補って余りあるほどの集客効果が見込める、といった場合には他の業者との差額は社会通念上合理的なものということができるので、この取引は特別の利益供与に該当しない、と考えることができる可能性があります。 4 さいごに  本稿では特別の利益供与についてみてきましたが、一義的に明確な判断基準がない以上は安易に特別の利益供与の該当性の有無を判断することは危険です。実務的にはまずもって「通常に比べて法人が損をする」かどうかを基準に、これに該当する場合には専門家や所轄庁に判断を仰ぐことが無難なものと思われます。

2025.10.24

新たな障害福祉サービス「就労選択支援」について

1 就労選択支援とは  令和7年10月より、改正障害者総合支援法が施行され、新たな障害福祉サービスである「就労選択支援」が始まりました。これまでの訓練等給付は「就労移行支援」、「就労継続支援」、「就労定着支援」の3パターンでしたが、新たに4パターン目が加わった形となります。  就労選択支援は障害者が就労先・働き方についてより良い選択を行うための支援を行う事業です。既存の就労支援系の事業所で使用される就労アセスメントの手法を活用して、本人の希望や障害特性、就労能力や適性等を考慮して最善の就労先を選択できるように支援を行います。   就労移行支援 → 就職のための知識・技術の習得支援、相談等を行う   就労継続支援 → 精算活動等の機会の提供や就労に必要な能力の訓練を行う(A型・B型)   就労定着支援 → 通常の事業所に雇用された障害者が事業所に定着できるよう相談等を行う   就労選択支援 → 障害者が就労先・働き方についてより良い選択ができるよう支援する 2 就労選択支援の対象者  就労選択支援の対象者は「就労選択支援は、就労移行支援又は就労継続支援を利用する意向を有する者及び現に就労移行支援又は就労継続支援を利用している者」です。注意を要する点としては、就労継続支援B型の利用条件に「就労選択支援事業者によるアセスメントにより、就労面に係る課題等の把握が行われている者」という要件が追加されたことです。これにより、就労支援B型事業所の利用を希望する方は、原則としてまず先に就労選択支援を利用する必要があります(令和9年4月からは就労支援A型の利用希望者にも拡大されます)。なお、例外として50歳以上や障害基礎年金1級受給者当等はこの条件が求められず、他にも近隣に就労選択支援事業所がない場合には就労選択支援事業所による就労アセスメントが必須ではなくなるなどの特例もあります。 3 就労選択支援の内容  就労選択支援事業がおこなう支援は以下の通りです。 ・ 短期間の生産活動等を通じて就労に関する能力や意向等の整理(アセスメント)をおこなう ・ アセスメント結果の作成に当たり、利用者及び関係機関の担当者等を招集して多機関によるケース会議を開催し、利用者の就労に関する意向確認を行うとともに担当者等から意見聴取をおこなう ・ アセスメント結果を踏まえ、必要に応じて関係機関等との連絡調整をおこなう ・地域の就労支援に係る社会資源や雇用事例等に関する情報収集、利用者への進路選択に資する情報提供をおこなう 4 事業所の基準等  就労選択支援の指定基準で主たるものは以下の通りです。  ・従業員(就労選択支援員)の配置は常勤換算で15:1  ・就労選択支援員として認められるには養成研修を終了する必要がある  ・個別支援計画の作成は不要、 サービス管理責任者の配置は求めない  ・一定の条件の下、一体的に運営される就労支援事業所の職員が就労選択支援員を兼務可能  ・訓練・作業室、相談室、洗面所、便所及び多目的室その他運営に必要な設備を専ら当該就労選択支援事業所の用に供するものとして設ける必要があるが、支援に支障がない場合には他の就労支援系事業所の設備を流用できる(安易な流用はNG) 5 就労選択支援の実施主体  就労選択支援の実施主体は「実施主体は、就労移行支援又は就労継続支援に係る指定障害福祉サービス事業者であって、過去3年以内に当該事業者の事業所において合計3人以上の利用者が新たに通常の事業所に雇用されたものその他のこれらと同等の障害者に対する就労支援の経験及び実績を有すると都道府県知事が認める事業者」です。  厚労省の資料によれば「これらと同等の障害者に対する就労支援の経験及び実績を有すると都道府県知事が認める事業者」の例としては、「障害者就業・生活支援センター事業の受託法人、自治体設置の就労支援センター又は障害者能力開発助成金による障害者能力開発訓練事業を行う機関であって、要件①を満たすもの」が挙げられています。 6 就労選択支援の事業者報酬  就労選択事業者の報酬は1日当たり「1,210単位」です。サービス提供日に直接支援を行った日ごとにこの報酬が請求できます。直接支援を行う事が条件になりますので、関係機関の調整といった利用者が同席しない業務を行った場合には対象外となります。  就労選択支援に特有の加算はありませんが、「特定事業所集中減算(200単位/日)」があります。これは就労選択支援事業所を経て利用者が就労移行支援や就労継続支援を利用した際に、正当な理由なく当該就労選択支援事業と就労移行・就労継続支援事業が同じ事業者によって提供されている場合(利用した就労移行・就労継続支援事業の80%以上が同じ事業者である場合)に適用される減算です。対象の期間は1年を1月を基準に6か月ごと2つに分けた期間になります。この減算が適用されると、その期間満了の3か月後から6ヶ月間、すべての就労選択支援に対して減算が適用されます。  報酬の支給決定期間は原則1ヵ月ですが、時間をかけて継続的な作業体験を行う必要があるといった場合には2か月の支給決定が行われる場合もあります。 7 就労選択支援に関するご相談  就労選択支援事業は制度が開始されたばかりであり、事業者としての指定やサービス内容、配置基準等に関しても実務上の運用が固まっていない部分が生じる可能性があります。具体的には、対象者が就労選択支援を利用しなければならないことについての例外適用の判断や特定事業所集中減算の適用に際しての「正当な理由」の判断、設備に関して既存の設備を利用することで「支障があるか否か」といった抽象的な部分に際して事業主の見解と所轄庁の見解が分かれることも想定されます。弊所ではこのような見解の対立やその他の規制への対応に際して弁護士が法的な知見からサポートを行う事が可能です。就労選択支援事業の実施をご検討の方はお気軽にご相談ください。
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