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2025.10.27

公正取引委員会「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」がeスポーツ業界に及ぼす影響について②

1 今回の留意点
前回に引き続き、「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」(以下、「本指針」といいます)にて示された事務所側がとるべき行動指針を17の類型を具体的なシーンに当てはめて解説します。


2 「②期間延長請求権」
要約:「期間延長請求権」(事務所からの請求により、契約を更新できる権利)を定める場合には、育成等に要した投資を合理的に回収できる期間等の合理的な範囲で行使できるものとし、事前に説明・協議のうえで契約書に定める。期間延長請求権を行使するにあたっては事前に権利行使に代わる代替措置も検討し、行使する場合でも合理的な範囲にとどめる。

(1)期間延長請求権とは、事務所が実演家と契約するマネジメント契約期間を延長することを請求できる権利です。eスポーツチームにおいては、チームが選手・ストリーマーと締結している契約を延長する場面で問題になります。マネジメント契約には通常前回解説した「専属義務」が付属しているため、契約の期間延長はそのまま専属義務の延長を意味することが通常です。
 本指針では契約期間延長が専属義務を延長であることを前提に、その期間・範囲を「合理的」なものに限定し、かつ、その内容を契約書に定めることを求めています。

(2)「合理的」というのは簡単に説明すると社会的に見て納得できる理由があることを指しますので、選手との間の契約について、出場するリーグ戦や大会期間中に限定して契約を延長する場合やストリーマーのプロモーション費用の回収のために期間を延長する場合が考えられます。
 もっとも、本指針では期間延長に際して「代替措置」の検討を求めています。例えばValorantの選手は、地域リーグ(VCT)の結果によって世界大会(masters)に出場することになりますが、あらかじめ契約を地域リーグの期間で締結しつつ、世界大会への出場権を取得した場合に期間延長請求権を行使するよりかは、最初から世界大会まで進んだ場合の期間全体について契約を締結しておき、地域リーグで敗退した場合にはより早い段階で契約の終了を認めるといった方法のほうが選手との契約においては望ましいものと考えられます。現に近年では大会期間中であっても条件付きでLFT(来シーズンに所属するチームを募集すること)を出している選手も存在しますので、契約期間としては最後の大会まで出場することを想定して契約を行っているケースが多いものと思われます(また、実際は選手側にもMastersに出場するメリットがあるので、Mastersの出場権を持ちつつLFTを出すことは稀です)。

(3)なお、期間延長請求権の記載は必須ではないため、必ずしも契約上定める必要はありません。また、期間の延長は契約の更新とは別の概念となるので、単に契約を来期も継続する場合には期間延長ではなく、契約の更新を検討することが通常です。


3 「③競業避止義務等の規定」
要約:競業避止義務(事務所との契約終了後の活動を禁止ないし制限する義務)は原則禁止。仮に保護すべき秘密等がある場合には、まずは秘密保持契約を締結する。

(1)競業避止義務とは、事務所に所属していた(所属している)実演家に対して、事業所と同種ないし同内容の事業を行う事務所に入所して同種ないし同内容の事業を行うこと、または個人として独立して事務所と同種ないし同内容の事業を行うことを指します。より端的に説明すると、「同じ業界で働くことを禁止する義務」とも説明できます。競業避止義務は芸能界やエンタメ業界だけでなく、通常の企業においても退職者に対し課される場合があり、それ自体珍しいものではありませんが、職業選択の自由の制限や取引の自由の制限に該当する可能性があるため、注意が必要なものとされています。

(2)eスポーツ業界においてはチームを離れる選手やストリーマーに対して、今後の選手(コーチ、アナリスト等も含みます。)の活動やストリーマー活動を制限する場合、この競業避止義務の問題となります。もっとも、eスポーツ業界において競業避止義務が選手・ストリーマー等との間で締結されている例は稀であり、通常、競業避止義務は課されておりません(これはeスポーツが芸能界の悪しき風習を踏襲しないように努めた専門家と経営者の尽力があってのものです)。

(3)競業避止義務を課したい側は情報が外部に漏洩することを防止したいという目的があります。もっとも、情報等の漏洩を禁止するのであれば競業避止義務という活動そのものを制限する義務ではなく、「守秘義務」を課すことで足ります。本指針も競業避止義務ではなく、先に守秘義務(秘密保持契約)を締結するべきであると述べています。
仮に競業避止義務を課した場合、その有効性はかなり厳格に制限されます。特にeスポーツはタイトルや選手の入れ替わりが激しく、数年間の競業避止義務がその選手・ストリーマーにとって致命的な不利益を与えることになります。そのため、(秘密保持義務等ではなく)競業避止義務でないと守ることのできないチーム側の利益は極めて高度なものが求められることになります。そのため、仮に契約に競業避止義務を加えたとしても最終的に裁判等に発展した場合には、その条項が無効となる可能性が高いものと考えられます。

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